8. 加田屋新田

見沼代用水東縁にかかる締切橋から北に広がるたんぼ。延宝年間、紀州(現在の和歌山県)名草郡加田村の出身で江戸の商家坂東家の初代助右衛門尚重によって見 沼溜井 の一角に新田が開発されたが、下流の村々の反対により溜池に戻されました。
その後享保年間に八代将軍吉宗の新田開発奨励政策のもと、坂東家三代目当主・助右衛門尚なお常つねによって再開発され、坂東家の屋号をとって命名されました。
秋の収穫期には工夫をこらした案山子が立ち並び、壮観な景色となります。