がんばる農家の紹介

音楽から農業へ異例の転身。こだわりの「無農薬シャインマスカット」を作ってます!

守屋一隆さん(見沼区片柳)

守屋一隆さん

家族が増えたことをきっかけに音楽から農業へ

両親はずっと見沼田んぼで農業を営んでいましたが、私は2013年頃までずっと音楽を職業にしていて、それなりに収入もありました。だから農業の手伝いなんてしたこともありませんでしたし、両親がどこの畑で何を育てているかさえも知りませんでした。

無農薬シャインマスカット農場

転機となったのは子どもが誕生したことです。音楽の仕事は深夜の時間帯に活動することが多く、子どもの顔を見ることさえ厳しくなりそうでしたし、収入を安定させたいという思いもありました。そんなタイミングで両親から「給料を出すから(農業を)手伝ってくれ」と誘いがあり、「安定収入を得られるなら悪くないな」と考え、思い切って転職を決意したのです。

ところが、両親の手伝いで得られる給料だけでは生計を立てるのは厳しいということに転職したあとで気づき、それからは必死になって働きましたね。久喜市にある「埼玉県農業技術研究センター 園芸研究所」という施設に通って農業を一から勉強して、両親から農地を借り、自分でも農作物を作っていくことにしたのです。


無農薬シャインマスカットの栽培にこだわった理由

試験場には3年間通い、主に果樹全般のことについて勉強しましたが、その中で私はブドウに絞って育てていこうと決意しました。特に心を惹かれたのが現在もメインで育てているシャインマスカットで、当時はまだ新しい品種だったのです。

世間的な知名度も低く、価格も高かったのですが、食べてみたら他の果物にはない感動がありました。皮ごと食べられて味も美味しい。しかも私自身が必死に稼がなければならない状況だったので、価格が高いということも魅力的でした。これを自分自身で、さらに無農薬で作ってみたいと考えたのです。

ただ、シャインマスカットを無農薬で育てるのはものすごく難易度が高く、現在でも私が知っている限り日本で3人くらいしかやっていません。でもやっぱり皮ごと食べる果物だからこそ、無農薬だと嬉しいじゃないですか。

無農薬シャインマスカット

実際に無農薬でシャインマスカットを育て始めて3年経ちますが、未だに試行錯誤の連続です。昨年は農地を半分に分けて2種類の育て方を試したのですが、半分は病気でダメになってしまいましたし、ハクビシンの被害もたくさん受けました。前年の失敗を教訓にし、今年はさらにまた新しい対策を考える。その繰り返しですね。


これだけ難しいので無農薬のシャインマスカットを作る農家が少ないのも当然ですが、現在は無農薬の野菜や果物がブームになっているので、一度食べた人は絶対リピーターになってくれます。農薬を使えばありとあらゆる作業が楽になりますけど、だからこそ私は無農薬で行くと決意して取り組んでいます。

異例の転職を経て感じたこと

40過ぎにして完全未経験だった農業を始めてみましたが、意外と自分の性格に合っているなと感じています。もちろん大変なことも多いですよ。ゴールデンウィーク前から10月くらいまでは一切休みがありませんし、毎日午前3時には起きて、明るくなったらすぐ作業できるように準備をしなければなりません。天候の影響を受けることも多く、大雪でビニルハウスが壊れて、建て替えた6ヶ月後に台風で壊れたときには心が折れそうにもなりました。

でも11月から1月くらいまでの期間はゆっくり休めますし、忙しい時期も子どもが畑に来て話し相手になってくれます。最近では手伝いもできるようになってきました。これは私にとって大きな支えになっていますね。生まれ育った見沼田んぼという土地で、家族との時間を大切にしながら仕事ができる、ありがたい環境です。

若い世代が農業を始めやすい環境にしていきたい

守屋一隆さん

見沼田んぼの今後ですが、やはり農家の高齢化が進んできています。しかし農業を始めたいと考えている若者がいないわけではありません。実際に私の農園にも2名の研修生がいて、農家になりたいという思いを持って頑張っています。


新たに農業を始めるためには様々なハードルがありますが、しっかりと向き合い、若い世代が農家になりやすい環境を作っていけるように取り組み、サポートしていきたいと思っています。