見沼たんぼコラム

再発見! 井沢弥惣兵衛為永(いざわやそべえためなが)への思い

秦野昌明(浦和くらしの博物館民家園館長)

享保13年(1728)2月、見沼代用水路が完成。
同年3月、元入りが開けられ用水が流れた。
翌年には各村へ田の割当が完了する。
現代に語り継がれる見沼田んぼの誕生だ。

用水路の全長は5万間(約90km)。
延労働力は90万人。
工作物を含めた工事費は2万両。
新田1,175町歩が増加し、年々4,960石余が年貢米として納入された。
そして、享保16年の見沼通船堀の構築は、運河としての機能をも加える事業となった。

井沢為永の偉業は、武蔵国の湖沼干拓と幕府財政の立直しだけでなく、灌漑・治水、そして利根川上流及び武蔵国穀倉地帯の産物を、代用水路・芝川等を活用し蔵前まで運ぶという大プロジェクトであった。
見沼自然公園に立つ為永像の視線の先には、21世紀に託された見沼の保全と治水事業の姿が見える。

井沢弥惣兵衛為永

見沼自然公園の井沢弥惣兵衛為永の銅像