見沼たんぼコラム

私の素朴な疑問 横塚 枝緒里(埼玉大学経済学部平成23年度インターン実習生)

どうしてさいたま市PR キャラクターつなが竜ヌゥはしらさぎに乗るのか?

つなが竜ヌゥは自力で空を飛べず、しらさぎに乗って空を移動する。どうしてヌゥは竜であるのに自力では飛べず、しらさぎに乗るのだろうか?
ヌゥは見沼田んぼの主の子孫である。
そこで謎を解くべく、私は見沼の竜神伝説を調べることにした。

竜神伝説

見沼には数々の竜神伝説が残されている。
見沼代用水を開いた井沢弥惣兵衛為永のもとに訪れた竜神の話や国昌寺の開かずの門などの伝説があるが、それらは江戸時代のものだ。
それ以前はどうであったのだろうか?
私は見沼の歴史などに詳しいNPO 法人水のフォルムの藤原さんに話を伺った。
そもそも日本における神とはどんなものか、ということから見沼の歴史と見沼信仰など様々なことを教えていただいた。

氷川神社

江戸以前について知るためには、見沼信仰の始まりを知る必要がある。
大宮区にある大宮氷川神社は紀元前473年に創建されたといわれる非常に古い神社だ。
ここではスサノオ、イナダヒメ、オオムナチを祀っているが、 もともとは見沼田んぼで暴れる見沼田んぼの水神を祀ったことが始まりと考えられている。
では、この水神とは何だろうか?

水神と竜神

水神は水に関する神の総称だ。
水神の象徴は河童、蛇、竜などがある。
しかし、河童は中国からの伝来による説、安倍晴明の式神を発端にする説、江戸時代の寺社・城建立における人形化説などがあるが、 いずれも氷川神社の創建時代とは合致しない。
蛇への信仰は太古から存在しており、竜が中国の神話が由来であることを踏まえると、当初氷川神社が祀った水神は蛇であっただろう。
お話を伺った藤原さんは、竜神は江戸時代以降の比較的新しい伝説であり、本当は見沼の水神は大蛇であり、竜神よりもずっと古くから信仰されていると考えているとのことであった。

私の結論

見沼の主である水神は、最初は蛇だった。
しかし、時代の流れとともに中国から竜が伝来し、もともとあった蛇を水神として祀る信仰と融合し、江戸時代には竜神伝説がさかんに生まれたのだと考える。
そう考えると、見沼田んぼのもともとの主は蛇であり、その子孫であるヌゥは、その歴史の中で蛇から竜となったため、その名残で空を飛べず、見沼田んぼのしらさぎに乗っているのではないだろうか。

プロフィール

横塚 枝緒里

埼玉大学経済学部社会環境設計学科